2017年11月29日水曜日
2017年11月28日火曜日
時刻:
23:36:00

重心と安定性の話は倒立振子の停留点まわりでのモーメントの微分を考えて $r$ と $m$ にどう依存するかを調べればよいのだろうがやる気が起きないので十年以内の todo リストに追加して終わりにする。もちろんそんなリストはない。
#2017-11-29
なんか色々間違ってるな。接線方向の力が$F=mg\tan\theta \simeq mg\theta$でポテンシャルが $U=-\dfrac{1}{2}mg\theta^2$で相似系なら安定性はサイズに依存しない。$F$を支える時にモーメントとして足を伸ばす長さが効いてきてサドル位置が低ければ楽になる、ということか。人間工学的な話はまた別。あと身体操作の制御周波数が同じならやはり重心位置が高いほうが有利だろう。
#2017-11-30
$\tan\theta$じゃなくて$\sin\theta$だよぅ…。
#2017-11-29
なんか色々間違ってるな。接線方向の力が$F=mg\tan\theta \simeq mg\theta$でポテンシャルが $U=-\dfrac{1}{2}mg\theta^2$で相似系なら安定性はサイズに依存しない。$F$を支える時にモーメントとして足を伸ばす長さが効いてきてサドル位置が低ければ楽になる、ということか。人間工学的な話はまた別。あと身体操作の制御周波数が同じならやはり重心位置が高いほうが有利だろう。
#2017-11-30
$\tan\theta$じゃなくて$\sin\theta$だよぅ…。
2017年11月27日月曜日
時刻:
23:21:00

色々あって自転車とチャイルドシートを発注。昨今ではこの手の自転車は小口径、ロングホイールベースになっているらしいが、昔は普通の大人用自転車に子供用座席を載せただけだったよね(?)。低重心で安定というが、逆さ振り子の振動周期は高重心のほうが長いのでは? 足の短さに合わせて傾斜の小さいうちに片足を接地できるようにしているだけのような。それはさておき発注後に部品の取り付けでパーツが足りないことに気づいたが、自転車屋でよしなに連絡してくるだろうと思っていたことが翌営業日には来て、現場はともかくコールセンタ(?)のマニュアル/システムは優秀だと思った次第。なおサイクルベースあさひ調布店はパーツを仮締めのまま納品するクソザコ店舗であるので今後も油断しない所存。
2017年11月23日木曜日
2017年11月21日火曜日
2017年11月20日月曜日
2017年11月14日火曜日
2017年11月13日月曜日
2017年11月11日土曜日
2017年11月1日水曜日
2017年10月26日木曜日
2017年10月11日水曜日
2017年10月9日月曜日
2017年9月20日水曜日
2017年9月11日月曜日
2017年9月4日月曜日
2017年9月2日土曜日
2017年8月30日水曜日
2017年8月29日火曜日
時刻:
0:17:00

アメリカの酒屋で買った Cutty Sark(http://kokoni-naimono.blogspot.jp/2015/08/blog-post_9.html) は旨かったが普段行く酒屋では見かけない。
2017年8月28日月曜日
2017年7月24日月曜日
2017年7月11日火曜日
2017年7月9日日曜日
2017年7月4日火曜日
2017年6月25日日曜日
2017年6月12日月曜日
2017年6月7日水曜日
2017年5月30日火曜日
時刻:
0:25:00

Manjaro が起動しなくなった。症状としてはこれの通り:https://wiki.manjaro.org/index.php/Kernel_Fails_to_Load_(pata_acpi_error)
処方も虚しく起動しないので DVD boot してデータを NAS に退避して、Manjaro のインストーラを走らせたが途中でコケて進まないので怒りの CentOS7 インストール。mozc が無くて辛い。
処方も虚しく起動しないので DVD boot してデータを NAS に退避して、Manjaro のインストーラを走らせたが途中でコケて進まないので怒りの CentOS7 インストール。mozc が無くて辛い。
時刻:
0:18:00

子供を連れて野川公園に行く途中、気まぐれに立ち寄った崖線で出山横穴墓群8号墓にたどり着いた。先に何があるかも知らぬ竹林を歩く途中、子供がしきりに嫌がっていたが果たしてその先は墓であった。なるほど、忌避と聖性は背中合わせであったかと改めて思い起こす。子供が嫌がる土地であるからこそ墓を造ったに相違ないと思う。・・・というのはどうも違う気もする。私にとって7世紀の人間も縄文人もたいして違いはない(違いを認識していない)訳で、どこか昔の人は特別な感性、特別な行動原理で動いていたのだろうと思っている節がある。自分にはないプリミティブな感性への憧れと昔日への無知とが合わさった錯覚であろう。きっと崖に穴を掘るのが楽だから崖に墓を作っただけだろう。
2017年5月5日金曜日
2017年5月3日水曜日
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